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 お口の健康コラム Vol.15
石井久恵(2丁目石井歯科医院) 


心身医学という視点

今回のコラムは心理学が役割をはたすあたらしい歯科医療の重要さを考えます。

 

 医学を身体医学、精神医学、心身医学と分類すると、歯科医学は身体医学に属します。
つまり、口腔内に現れた症状ついて、身体的原因を追究し、その原因を除去することによって治癒へと導くのです。原因を除去することによって治癒を目指すという点において、歯科医療は身体医学の中でも外科領域の医療と言えます。

 さて昨今、世の中はストレス社会。ストレスは身体にも様々な症状を引き起こします。胃潰瘍や喘息などがストレスと関連していることは、今や誰もが知っている事実です。しかしストレスが引き起こす症状には、まだまだ知られていないものも多いのです。
 歯科領域では顎関節症とストレスの関係が語られることが多くなっています。ところでストレスが顎関節症を起こす誘因として、「噛み締め」があることは、知られつつありますが、「噛み締め」はその他にも様々な症状を起こすことがわかってきたようです。

 先日、東京医科歯科大学 頭頸部心療科教授 小野 繁先生の「噛み締め・呑気症候群」についての講義を受け、以下のような情報を得ました。

 「呑気」これを「のんき」ではなく「どんき」と読み、つまり空気を呑む、という意味で「噛み締め・呑気症候群」という病気があるのです。小野教授が発見し、命名したもので、まだ正式な病名ではないそうです。
 人はストレスを感じると無意識に歯を噛み締める、という習癖があります。「歯をくいしばってがんばる」とか「歯ぎしりして悔しがる!」みたいな身体言葉もあるように。。。。

 

 さて、ここからは実際に試してみて下さい。

 先ず歯を咬み合わせる。すると舌が上あごの前方に自然とつきます。この状態が嚥下第1相で、こうなると喉のあたりに唾液が溜まりますから、舌がだんだん後方へとくっついて行って、嚥下、つまり、飲み込むという動作が自然と起こってくるのです。この時、余分な空気は鼻から排出するのが普通ですが、これがうまく出来ないと唾液と一緒に3〜5CCの空気を飲み込んでしまします。
 試しに鼻をつまんで、唾液を飲み込んでみると、耳に空気が行き、ダイビングで耳抜きするときみたいになりますが、この分の空気を呑んでいるということです。

 このような「空気呑み」を日に何度となく繰り返していると、やがて胃に大量の空気が溜まり、げっぷを頻発するようになります。人前でげっぷが出てしまうということがさらにストレスとなります。
 げっぷを我慢していると、空気は次第に腸へと移動し、過敏性大腸炎の症状を起こす事もあるのだそうです。
 顎関節症と過敏性大腸炎の併発率は64%と高率なのだそうです。

 この病気は様々な症状を引き起こします。噛み締めることによる顎の痛み、筋緊張が引き起こす頭痛、耳鳴り、眩暈、ふらつきなど。また胃に溜まった空気が心臓を圧迫し、動悸を感じたり、胃下垂の症状を起こしたり、腹部膨満感もあります。患者は、頭の腫瘍などを心配し、CTやMRIをとったり、心臓の検査をしたり、内科で胃の検査をしたり、歯医者で顎関節症の治療を受けたりするドクターショッピングを繰り返すようになります。そして検査結果はいつも「何ともありません。気にしないように」です。

 このように何処へ行っても「何ともない」と言われ続け、それでも数々の症状に悩まされ、「身体的に問題はありません。ストレスによる心身症でしょう。精神的なものですから、気にしないように。」と突き放されてきた患者たちが、小野教授の病態説明を聞いて、安堵し、噛み締めを緩和するスプリント療法やストレスをコントロールするための心理療法、薬物療法を受けることで、少しずつ症状が改善されて行きます。スプリント療法と対処療法、心理療法は原因治療ということです。薬物療法は落ち込んだ気分や不安を和らげます。症状があることによって気分が落ち込み、さらに症状に囚われて行くという悪循環を断つ助けになるという点で対処療法的であり、また気分の回復が環境への対処を変えるきっかけとなるという点では原因療法とも言えます。

 小野教授は医師、歯科医師のダブルライセンスを持ち、もともとは外科医として身体のあらゆる部分の手術を行ってきた方です。
 そしてどのような領域にも、身体医学では解決できない「いわゆる不定愁訴」が存在し、とりわけ歯科領域を含む頭頸部領域の不定愁訴に関しては、とりわけ対応が遅れていることに着目して、7年前に「頭頸部心療科」という日本でも、世界でも唯一の診療科を作り、この病気の機構を発見するに至ったということです。
 ストレスにより引き起こされる頭頸部や口腔領域の筋緊張は、様々な症状を引き起こすけれど、それに対して身体医学的な対応だけを行っていると原因が見つからず、治療が行き詰るのです。

 ところで、かねてより私は、歯科医領域にも身体医学的アプローチだけでは解決の付かない症状がある、と思っていました。そして、それら身体医学的に原因が見当たらない症状には、患者さんの心理・社会的背景が関係していると考えていました。そして患者さんの心理・社会的背景をも含めて関わるには、心理学的な知識が必要なのではないかと考えて、臨床心理学の大学院に入り、新しい分野を学ぶ機会を得ました。
 小野教授との出会いも、大学院時代のインターン実習先の精神科医の先生からのご紹介でした。小野教授との出会いにより、私には歯科心身医学のなすべき役割が理解できるようになりました。小野教授のように広い視野、豊富な知識と経験を持ってしなければ行えないのが心身医学であることを改めて実感しました。小野教授は「あなたの症状に対する答えを持っている医者に出会うことが大切です。引き出しを沢山持っていないとストレス病理からの発症を説明できないのです。」と患者さんに話されていました。
 医師・歯科医師の2つの分野の臨床経験をお持ちの小野先生には、到底及びませんが、私にも歯科医学以外にも心理学という引き出しが出来ました。今は患者さんとの人間関係を何より大切にしたいと思っています。そのことが身体医学からのアプローチだけでは解決できない症状の改善に繋がるのです。

 学生生活に忙殺され、しばらくコラムから遠ざかってしまいましたが、これからまた新しい情報を提供して行きたいと思います。 

 

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